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だらだら雑記集

題名の通りだらだらと思ったことを淡々と書くブログ。 きっと間違いだらけ。

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ゆとり教育は本当に悪いのか?

甘やかしているのは教育を受ける者ではなく、教育する者だ。


【コラム・野菊】11月5日 甘やかし教育-話題!ニュース:イザ!


生物の授業を高校で習わずに医者になることがそんなに問題なのか?
P波とS波と地震の関係を知らないことがそんなに問題なのか?
と私は思っている。
専門的な道に進むのであれば、基礎からやり直すのだから、
高校時代に必須の知識する必要はないと思う。

むしろ、70時間勉強すれば単位認定します。というような制度のほうが大問題だと思う。
テストという物によって理解度を見た上で、ではあるが、
時間で習得したかしないかという概念がどうかしてる。

私はゆとり教育賛成派なのだが、
その理由として、
無駄に時間に縛られる教育カリキュラムよりは、
学ぶ者自身が考えながら教育を受ける時間のゆとりが増えることによって、
学問とは学ぶというのはどういうことなのかを知ることが最も重要だと思うからだ。

つまり、数学Ⅰ・Aを習得するのには当然個人差があるから、
分からない人はより時間をかけて学習すればよいし、
分かる人はもっと他のことを勉強すればよい、
というような縛りを無くす方が有用だと考えている。

なんだか今の世の中には勉強すれば、教育を受ければOKみたいな風潮がるけど、
絶対におかしい。

高校を卒業して10年になるが、
社会がこれだけ変化しても、
10年前とさほど変わらない教育をしていることのほうが、よっぽど問題だ。

とりあえず大学に入れるように勉強しろ、という基本姿勢はどうなのだろうか?
大学なんていうあんな閉鎖的で、勉強は自分でしろ、
というような所を基準に教育してることがほんとに正しいのか?

教育とはものすごく重い題材で、
国単位でみればいつか自分にはねかえってくるぐらい影響がでかいものだ。

現在私を含めて日本に暮らすほとんどの人が教育を受けてきたのだから、
その経験を、その体験をもっと次の世代にフィードバックしていかなくてはならない。
だから、甘やかされているのは教育を受けるものではなく、教育するものだと思っているのだ。
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  1. 2006/11/08(水) 14:51:20|
  2. 学問
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  4. | コメント:5

そもそも数学とは?

コメント欄に書いてみようかと思ったが、トラックバック。


suVeneのあれ: 結果が全てです


本当にそうだろうか??
ちょっと違うなと思ったので私なりの見解を書きます。

まず、タイトルにもしましたけど数学がテーマになっているので、
そもそも数学という学問の意義というか、性質について考えてみる。

この前「フェルマーの最終定理」という本を最近読んだのだが、
この中で数学(数論)とは証明をすることであるというような部分があった。
そして、「フェルマーの最終定理が解けたところで、なんの意味も無いかもしれない」と書かれていた。
確かに3次方程式とか覚えたところでなんの役に立つのか、
数学の授業の中で理解することはほぼ不可能であろう。

つまり、数学というのは単体では役に立たない学問なのだ。

数学はある特定の分野では恐ろしいまでに強力な「道具」となる。
私は電気電子工学の分野に進んだのだが、
あれほど意味が無いと思っていた虚数やらSinだのCosだのといったものを使わないと計算・表現できなくなる。
数学とは道具なのだ。

なぜ数学を道具にできるかと言えば、その完全性にある。
数学はありとあらゆる学問の中で唯一(ほぼかな)、
間違いがない。
「公式・法則」といったものは数学の世界で一度認められる(証明される)と、
訂正されることはない。
それほどの完全性を求めるのだ。

他分野を例にあげると、電気工学は+極と-極の名前のつけ方を間違えてしまった。
発見された当時は電気は+極から-極に流れると思われていたが、
実際の電子の移動は-極から+極である。
そしてこうした訂正は日常茶飯事だ。

だから先生の言った
「数学で大切なのはプロセスなんだ。答えなんてただの数字でしかない。」
については正しいと思う。
絶対不変の式の成り立ちを知ることにこそ数学の価値がある。
そして、数学が他の分野でその完全性が用いられることによって、はじめて意味のある数字や式にすることができる。

計算が速くて正確にできることは、数学ができることとは違うのではないか。
数学のテストの仕方が間違えているように思えてならない。

余談
1+1=2 と答えるのは簡単だが、
1+1=2 であることを証明するのはかなり難しい。
こんなこと証明する意味なんて無いだろと思われるかもしれないが、
確かに意味は無い・・・
しかし、我々は1+1=2が証明されていて、成り立つと信頼して計算を行っているのだ。
  1. 2006/11/02(木) 17:53:00|
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